朝霞市とは

自衛隊のイメージだけではない朝霧市

自然豊かな朝霧市の誕生秘話

埼玉県朝霞市の位置は、県南にあり、他の各市と隣接しています。北東にさいたま市、北西に志木市、東に戸田市、西に新座市、南東に和光市に囲まれ、朝霧駐屯地のほんの一部が東京都練馬区というつながりを持つ位置にあります。面積は18.34k㎡で、人口は13万8千人ほど。北東部には荒川、その西を新河岸川、中央部には黒目川、南東部に越戸川という河川の多さ加え、湧水地も多い、水に恵まれた土地柄ですが、地形の特長としては、大きく荒川低地と武蔵野台地に分けることができます。年間平均気温は約15 ℃、年間降水量は 約1,420mmとなっています。朝霞市という市としての誕生の歴史は、昭和7年までさかのぼります。元々、川越街道の膝折村という宿場町であった場所に、東京府荏原郡駒沢町(現:世田谷駒沢のオリンピック公園)にあった「東京ゴルフ倶楽部」のゴルフ場が移転してきたことから始まり、村名改称、町制を施行という流れで誕生したのです。朝霞というのは、「東京ゴルフ倶楽部」の名誉総裁であった、当時の皇族の朝香宮鳩彦王(あさかのみややすひこおう)にちなんでいるのですが、宮号をそのまま使用するのは畏れ多いということで、一文字を変えての使用となりました。東武東上線の駅名も同じく、膝折から朝霞に変わり、現在の朝霞市がスタートを切ったのです。

アメリカ軍基地だった顔を持つベッドタウン

戦中・戦後にアメリカ軍が進駐し、約30年にわたって基地の町としての顔を持つことになり、1960年には自衛隊も駐屯していたこともある街です。1974年に盛んになった基地返還要求運動によって、アメリカ軍基地としての機能はなくなり、自衛隊の朝霧駐屯地だけが存続している歴史を持っています。今では、アメリカ軍基地の跡地に小学校や陸上競技場などの公共施設が整備され、武蔵野の面影を残す自然豊かなベッドタウンとして発展しており、イベントや市のPR活動も盛んで、発信力に長けた面がうかがえる市でもあります。